ランドアース大陸、旧ドリアッド領最北端。
森の端が旧リザードマン領の果てと接する其処は、冬ともなれば雪が降り続く地。
北辺境アーユルヴィー領と呼称される、とある一族の護り続けた地。



冬のフォーナ祭も近づいたある日の事。
領内で最も北に位置する礼拝堂の周囲は既に雪で白く染められていた。

髪に咲く花の香りを振り撒き響く子供の声。それもひとつやふたつでは無い。
そして、その様子を穏やかな表情で眺める風変わりな衣装――俗に楓華列島風と称す――を纏う色黒の人影。
深い藍色に白や薄青の櫻が散り舞う柄の装束に髪に咲く薄紅の櫻と、まるで櫻の精の様な。

「なー、レイ兄ちゃん。兄ちゃんはフォーナの奉納舞見に来てくれるんだよな?」
「そうだよ、教えてくれた兄ちゃんが来ないなんて張り合い無いんだけどさ」
「さあ、私は礼拝堂の守部ですから。余り此処を動くわけにはいかないから、確約は難しいですよ」
「えぇー!? 何でこんな人のいない礼拝堂に守部が必要なのさー?」
「だってここって年越しと新年の時の領主様の儀式位しか使う事無いんでしょ?」
「ええ……その儀式の為に、此処が雪に埋もれたり建物が傷んだりしていないかを見守るのが私の役目です」

きゃわきゃわと無垢な子供達からの問い掛けに答える、櫻を宿す色黒の青年。


子供達がこの場所へ探検しに来て出逢った時、ずっとずっと前から礼拝堂の守部をしていると『彼』は言った。
北の果ての礼拝堂と共にこの世界の安寧を祈っているのだと。
そんな彼の話と、彼の知るアーユルヴィーの舞の技と、レイという名前しか子供達は知らない。
ランドアースとは一風変わった衣装の姿と些か俗世離れしたその雰囲気から最初はほんのりと疑いの目を向けた子供達も、
彼の語る遠い昔の冒険者の英雄譚や舞のあれこれを求めて日参するまでとなった。
……それは100年以上前の話ではあったが。
精神の成長と共に肉体が成長する不老のドリアッド種族にとっては、普通の事ではあるけれど。


「……さて、先程貴方達は奉納舞に出ると仰られましたよね?」
「さっきからそう言ってんじゃんか!」
「しかし私の記憶では、もう何日も前から奉納舞のリハーサルが翼花宮(よくかきゅう)で執り行われ――」

――ている筈ですが、と続けようとした青年の言葉は途中で遮られた。
その瞬間、突如人影を乗せた、鎧を纏ったような大型の四足獣が駆け込んできたからだった。

「いつまで待っても来ないと思って見に来たらやっぱり此処かーっ!! 何してるお前らっ!?」
「げっ、ヴァスカー卿!?」
「んな暇があるならさっさと翼宮(よくきゅう)まで戻れこの悪ガキ共がっ!!!」

髪に零れる金木犀を揺らし獣に跨る人影の一喝に、蜘蛛の子を散らすように麓の方へ駆け出して行く子供達。
その様を眺め、深く大きな大きな溜息を吐いた人影は、レイという名の青年に向き直る。

「……ついでに貴方もさっさと柊花宮(しゅうかきゅう)へ戻って下さいレイ、サギュと迎えに来たから」

ぞんざいな言葉遣いが多少混じるも、向けられた声音は敬意のそれ。
どうやらサギュという名らしい四足獣も人懐っこくその鼻面をレイに寄せる。

「それとも正式名称全部吐かなきゃ動いてくれませんか、『藍櫻守』レイシ・グロツ=エセル=アーユルヴィー・ナルカミ?」
「……未だにその名前で呼ばれても自分だって一瞬分からなくなるのは当主として失格かな、僕は」
「いい加減耳タコです。もうホントあと何万年聞き続ければ慣れてくれますかね、レイ?」

俺が当主補佐位になってから既に1万年は過ぎてんですが、とぼやく『星花卿』ヴァスカー・エセル・アーユルヴィー。
……実は彼は、レイことレイシの妹の“子孫”に当たる。
しかし未だ外見二十歳前後のままの“祖先”レイシより外見年齢が年上という、けれど不老種族ならさして珍しくも無い光景。


「……ヴァス、別に僕に付き合ってずっと生きている必要はないんだよ?」
「何の事でしょうね。俺はあんたに死ぬまで付き合うって決めたんです、ついでに先に死ぬ心算ありませんから」

地を駆ける己の召喚獣グランスティード、サギュの上で後ろの当主兼祖先に悪態を吐くヴァスカー。

「まず俺が初めて礼拝堂であんたに会った時、既に8千年位当主してましたよね既に。
自分と同世代の人間は全くいない、というかもう孫ひ孫世代すら既に皆死んでるって言う……あ、間違えた。
あんた結局未だに独り身貫いてるから孫ひ孫に当たる、でしたっけ。ま、どっちにしろもう誰もいないですね。
んであの時点で、希望のグリモア動乱時代を生きてて残ってたのはあんたと因縁の深い執政官長官だけだったと。
確か次期当主候補になった時辺りで色々やり合った仲だと伺ってますが。つかあの人俺の恩師ですけど。
で、俺が執政官経て当主補佐位になったの見届けて眠られたから本当にあんた一人になっちゃったわけで。
……見てる俺としちゃ、俺っていう次期当主候補が出来たんだからいい加減休んじゃどうよ、と。
俺はあんたが最後の一人にならない為に隣にひっついてガミガミやる事を生きがいに決めたんです放っといて下さい」

「あのなあ……御言葉だけど昔に比べれば充分休んでるよ。1日の半分はのんびりさせてもらってる。
君が長い執政官時代に育てた優秀な後輩執政官達のお陰で僕が当主として動くのは半日で良くなったしさ。
僕自身が通う事で礼拝堂の守部に人を割く必要も無くなったし。子供達に毎日会えるのは嬉しい事だよ。
それと、僕は例え世界最後の一人になろうが此処で祈り続ける心算でいるんだ。例え、たった一人になっても」

「……そうやって隠者装ってるくせにアーユルヴィー最強の吟遊詩人だって事が俺には未だに解せませんがね!
まあ何故かこの辺の子供って紋章術士や邪竜導士、翔剣士が人気で殆ど吟遊狙いの子がいないって事もありますが。
狂戦士になった俺もさしてライバル少ないせいで張り合い少ない憂さはあんたで晴らさせてもらってますけどー?」

「僕の方こそ、さっきの子供達みたいに礼拝堂探検に来てた子の一人が未だに僕の隣で怒鳴ってる事の方が解せないよ。
まあ突拍子無いとか悪戯好きとか変人だらけっていうエセルの系譜だから儀式侵入程度なら普通の事だけど。
その後急速に成長して『執政官の末席に加わりました、逃げようったって無駄ですから』なんて言われるとはね……」

自分もエセルだから人の事言えないけれど、と動乱時代は殆ど此の地に居なかった当主レイシが苦笑する。
どれもこれも目を閉じれば昨日の事のようなのに、もうあの時代は遠い遠い時の昔に流れて久しい。

「……そういえば。どうしてサギュ走らせてまで僕を迎えに?」
「あー。それ言い忘れてましたっけ。……御客様なんです。貴方の」
「僕の? 他の領地の領主や当主との懇談は月の頭に終わってるのに、しかもフォーナ前に?」
「ええ、不思議っちゃ不思議なんですけど。でも貴方を訪ねてきたのは間違い無いんです」
「どうしてそれが」
「もうアーユルヴィーには貴方の“本名”知る人間、俺や執政官の一部除いて皆無なんですよ。貴方の故郷たる此処ですら。
……にもかかわらず、『“レイシ・ナルカミ”に逢いに来ました』って言ったんです、御客様」

一度そこで言葉を切ったヴァスカー。

「それって、確実に動乱時代貴方に会ってた人か、又は語り継がれたか何かで貴方の事知ってる人って事なんですよね。
貴方だけしか父君から継いでないナルカミの名、貴方が血を繋いだ子供残さずに死んだらもう誰にも引き継がれないんですから」
「……存命だとは、思えないんだけどな。僕が出逢った人が、まだランドアースに居るなんて事は……」
「それはあんた自身で確かめて下さい。てかですね、もう30分以上待たせてますから言い訳考えといて下さいね?」



北辺境アーユルヴィー。
安寧の地を護り続ける当主は、かつて希望のグリモアが地に根ざしていた頃を生きていたのだという噂がある。

……それが噂に非ず、紛れも無い真実だと知る者は僅かに過ぎず。
しかし知る者が僅かに過ぎない事そのものが安寧の証なのだ、と当主は笑う。


今も北辺境を訪ねれば、弱冠の姿と何万年もの齢を併せ持つ枝垂れ櫻の当主が迎えてくれる事だろう。





――希望のグリモア動乱は、最早遥か昔の話。




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……という訳で、終了間際の書き散らかし。

ぶっちゃけ要約してしまえば結局未だに生きてますよこのドリアッド、という話。
実際アーユルヴィーに居なかったのは自分がハーフ(奉仕ヒト×列強ドリ)という理由だけで色眼鏡言動かます親類が激しく厭だったせい。
そういう経緯で父親だったヒトの養親だった旧リザ領のとあるリザ領主の館に逗留する事の方が多かったという。
髪の色(と咲く花)と瞳の色以外は父親と瓜二つなので領主一家と血は繋がっていないけれど孫として慈しんでくれたらしい。

そんなこんなで当主なんか誰が、という話だったのに突如当主候補者として他の候補と競えと書簡が飛んでくる。
……それは丁度ランドアース各地でキマイラ騒動が起きた頃。書簡飛ばしたのは当時の執政官長官。
結局候補者同士の確執だの何だのに巻き込まれ、しかも候補者の中に何とキマイラと化した者がいたからさあ大変。
仲良くなった数人の候補者までもキマイラの凶刃により重傷を負った事でマジ切れした彼は自ら討伐戦を指揮して事態は収束。
この功績(とレイシ自身は思いたくない。止めをさしたのは自分だから)により筆頭の当主候補として内外に認められてしまう。
……ドラゴン襲来等で一度は返上しようとした筆頭候補としての位を最終的に受けたのは、あの時キマイラと化した者の想いを護る為。

『異形を心に宿すしかなかった原因が当主争いのせいなら、その争い自体を生まない形に作り変えてしまえばいい』

この頃から冒険者としては一線を退き、当主の祖父や執政官長官と共にアーユルヴィーの改革に乗り出して行く。
そして希望のグリモア動乱が全て終息した後、正式な当主補佐位就任を経て、その数百年後に当主襲名。現在に至る。

“次の当主になりたいなら補佐位に相応しいと認めさせろ、但し千年は当主の責務を投げるな”

当主襲名の場でそう言い切った彼に異論を差し挟む者は誰もいなかった。
……千年当主は長過ぎると皆が思ったせいなのか……数万年後の現在になって漸くヴァスカーが補佐位として立った位で。
それでもレイシ本人は、引き継ぐ心算も無いのだけれど。

世界最後の日まで、此処に居たいと思っているから。当主の責務は、彼にとっては死なない為の枷でもある。


絶対いないだろうけれどSS等に拉致るのは御随意に。全力でやっちまえー。



※翼花宮、柊花宮と御大層な名前が付いているが実際は領主館サイズ。昔から呼ばれているこの名前が派手なだけ。
※『藍櫻守』、『星花卿』は当主補佐位就任時に贈られる称号。先代迄は当主襲名後は別号に変わったが、レイシは当主の今も使用。





(2010.06.21追加)
月末に迫った手紙機能共々無限の運営終了に伴い、万が一それ以降連絡を取る必要に迫られた方向け。
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……又はTW2(銀雨)のキャラを割り出しそちらへ直接御手紙でも。
※“一本の細い糸”を意味する単語のルビを名前ルビ欄に放り込み検索後初っ端に引っ掛かる平仮名男子。……姉が居たりブログで無謀な事してたりしたら倍率ドン。