≪ C A U T I O N ≫

・双弟が一寸深淵に覗き込まれてる(狂気を被る)表現がちらほら

・彼の一番大事なもの(判定編参照)が粉微塵になっている『パーティー会場』内

・首の痣の原因(誰が絞めたのか)が人によってはショッキングかもしれない





……以上、自己責任に於いて御覧下さい。



























































何度も諳んじた、何度も何度も手順をなぞった行為を繰り返す。
――暴走特急を自動制御させるシステムの起動手順を。
運転席に置かれていた紙束から引っこ抜いた手順のフローチャートを見ながら何度も、何度も。


最後尾から進む他の皆が4両目に突入したその瞬間から、俺は此処で擬似『ゲーム』に耐えなければならない。
……本当に4両目から始まるのかどうかも分からないが。
俺の解釈の上では4両目からだろう、という目星を付けただけに過ぎないから。
そして、『ゲーム』の舞台がそのまま此処になる事も多分無い。
典杏の予報通りなら此処ではない何処かへ飛ばされるか、又は夢の世界へ踏み込む時のように意識だけ引きずられるか、それとも……。
ただ明白なのは、どちらにせよこの特急の制御が全く出来ない状態になるという事か。
運転席が無人に等しくなる状態は、即ち暴走特急の名に相応しい状態とも言える。
……他の皆が戦闘どころか移動すらままならない状態になる事だけは何としてでも回避しなきゃならない。

その為の、自動制御。
タイマーは最長でも5分までしか設定出来ない。
5分を過ぎれば、再設定するか手動で操作しなければ暴走特急と化す。
『ゲーム』が5分で終わるかすらも、分からない中で。

1度目の警告音は、少し前に聞いた。
……それは、7両目のボタンを押したという事。
7両目を通過するという合図なのか、7両目だがまだ無事でいるという合図なのかまでは分からない。
だから今の俺には無事でいて欲しいと願う事しか出来ない。

「……又出やがったな」

視界の端に蠢いた“機械仕掛けの眼球”を那由他で突き刺す。
爆発ではなく霧散する辺り、機械ではなく禍津――ゴーストなんだろう。
幾度か現れては串刺しにするの繰り返しだが、そのお陰で適度な緊張感を持続出来てもいる。
小さな溜め息。
疲労感はまだ無い。頭痛や過敏な反応も無い。
このままの状態が続く筈も無いが、余り忙しなかったり神経に障ったりも困る――

刹那。
頭が割れんばかりの大音量が運転席の中を震わせる。

……一寸、待て……さっき聞いたのとは全然違う、警告音……。

新しく目の前に開かれたヴァーチャルモニターが示すのは連結装置破壊の警報。
連結装置、って事は……4両目突入って事か……!?

咄嗟の判断。
自動制御システムの起動手順を、なぞるのではなく本当に実行していく。

全ての操作を終え、最後の実行ボタンを押す。

横の小さなモニターにカウントダウンの数字が出現し、目まぐるしく数字が変化していく。


それを、見たのと。
何かに目を、塞がれたのと。
意識が真っ黒に、塗り潰されたのと。

……それは多分、数秒の間の出来事だった。




――錆びた鉄の匂いが充満する空間。

赤い水に満ちた地を、視界を埋める無数の破片。
かつて、人間だった筈の破片。
俺にとって、大事な人達だった筈の、破片。
……彼等は多種多様な方法で破片と化していた。
しかも同じ人が何人も幾通りも破片になっていて。

周囲に散る物品で誰だか分かる人もいる。
残っている身体特徴から辛うじて分かる人もいる。
近付いて覗き込まねば分からない人もいる。
……そこまでは、したくなかったけれど。

凄惨に尽きる光景。
だけれど……俺は叫ぶ事も、崩れ落ちて泣く事も無かった。
冷たく静かに、その光景を見つめていた。
典杏の予報から『こうなるだろう事』は分かっていた。
分かっていたし、耐えられると思っていた。

耐えられるのは、『全て終わった後』だから。
これがもし『こうなっていく経過の真っ直中』だったら俺だって壊れたかもしれないけれど。
『全て終わった後』だからこそ、もう塗り変える事も何も出来ないからこそ、後は現実を受け入れるだけなのだと納得してしまう。
冷酷冷淡な月主の性が皮肉にも効を奏する、ある意味笑えないが笑うしかない矛盾。


地獄の光景の中、歩を進める。
典杏から聞いたもうひとつの予報。

悪趣味なこの世界から無事に脱出する為には。
此処に存在する余りにも場違いな“主”に勝て、と。
“主”は一瞥するだけで分かる。
何もかもが、この光景の中で場違い過ぎるから。
見つけた後は、“主”に勝てばいいのだと。



――ああ、あれか。
其処に。

目の間に転がっている、毛色の違う骸。
血も傷も無く。
纏う装束の乱れも無く。
周囲に武器のひとつも無く。

眉間や目の端に刻まれた治りかけの傷跡。
鋏でなく刃物で切り揃えたと思しき、肩を超える髪。
装飾までも真白の装束。
年齢は多分俺より少し上といったところか。

「……確かに違う。お前だけ、何もかも全て」

只管憎みたくなる程に。

「何で当然のように転がってんだよ」

傷も無く。
血も無く。
真白を纏い。
只眠るかのように。
得物すら無く。



その装束を纏ったのなら。
どうして無傷で此処に居る。
どうして刃のひとつも無く此処に在る。
嘗て大事な人達だったパーツ達の真ん中でどうしてお前だけ。

どうして。
お前だけが。

此処に。



「……“主”はてめえか」

ざわり、蠢く黒い感情。
この世界の誰も嫌いになれそうにない俺が。
確信を持って、お前だけは殺せそうな気がするよ。

「何でてめえが此処に居るんだよ」

なあ。
どうして。
もう誰も生きていない、此処に。
何も取り返せない、此処に。

「……宗主装束で……色無き白の死衣姿で……」

当然のように。

「何で……何で居るんだよ――“掛葉木いちる”っ!!!」


俺の眼下には。
俺が居た。



無意識に抜き放った那由他の銀刃。

ねえ。
俺は今。

……嘲ってるのか……?


衝動のまま突き下ろした刃。
地を抉る感触。
……肉を抉る感触では、無く。
背中に何かが触れた。
ほぼ同時の、骨が砕けんばかりの衝撃。
弾き飛ばされパーツの山と赤黒い水溜まりをまき散らす形で地に落ちる。

……爆水掌……か?
だがリベレイションした俺は霧に写す分身を従え追撃が可能になった代わり、触れた相手を吹き飛ばす事は出来なくなっている。
反して存在感無く立つ白い宗主姿の俺は霧を纏っていない。分身も見ていない。
つまりこいつは英霊を降ろしてはいない事になる。
……とはいえ俺を吹き飛ばせるだけの実力だけは宗主相応ってわけか。笑えない冗談だ。

「……ざけんなよ」

那由他を逆手に構え直し、距離を詰めると同時に空いた左手で揺焔を鞘から抜き、突く。
半歩下がる形で刃を避けた相手の胸を狙い那由他で薙ぐ。
刹那、鈍い耳障りな金属音。
……那由他の刃を止める、血糊のこびり付いた短刀。

背筋が凍った。
御神刀として見た事があった筈のそれは赤黒く染まっていて。
刃だけは研がれているが、他は血に塗れるがままで。
そして……只の短刀だったが故に無かった筈の、回転動力炉。
知らなかっただけで真の姿が詠唱兵器だったのか、それとも寸分違わぬ品を作り上げたのか、それは分からない。
だけど、何よりも何よりも俺の沸点を超えさせたのは。

――浄め続け決して汚してはならぬ刃を。
――白一色の矧の捧げ刀を、血に染めたという事実。

壊れたのか。
狂ったのか。
捨てたのか。

目の前の、白一色の俺は。


我流に三祷の踏の経験が混じる舞とも殺陣ともつかぬ俺の刃。
淀みも惑いも無く漂うようで目を奪われてしまいそうになるもうひとりの俺の刃。
刃の数なら俺が多いのに、だが俺はたったひとつの刃を抑えるのが精一杯で。
……人形のように表情無く佇む宗主の俺を、俺は一体どんな顔をして睨んでいるんだろう。
まだ、泣いてはいない筈だけれど。

怒りか。
憎悪か。
嘲りか。
絶望か。

俺の中の何処かが、軋んだ末に砕け始めている、そんな音が聞こえた気がした。
止めたくても止めようとしても、止まらない。
そんな、音が。

――刹那。
その一瞬の隙を突かれ懐に滑り込んだ白の残像。
首を掴まれた、と。
思ったその時にはもう、遅く。

息が、止まる。
チョーカーごと圧迫された気道に隙間なんて余裕がある筈も無く。
意識が、視界が、黒く、暗く、変わっ、て。
足に、地面の、感覚、が、無い、って事、は……吊り上げ、られて、る?
ひとひとり、かた手で、って……何て、力だ、よ……

絞め上げる手を引き剥がす力も。
すぐ傍の相手を蹴り飛ばす力も。
暗転していく意識と視界は何も与えてくれない。
何もかもが奪われていく。
何もかもを失っていく。

最後の一瞬。
俺の掌は。
地に向けられて。

――巻き起こったのは、身を砕くような烈風。

血の満ちた地面に墜落した激痛で覚醒する意識。
真上に吹き飛ばされたような感覚だけは覚えている。
絶え絶えの呼吸の合間激しく咳き込みながらも、何とか立ち上がり逆手に刀を構えた。
向こうはといえば、装束が切り刻まれている他はさして変わりはない。
だが霧影爆水掌でも手裏剣でも人間を飛ばせる程の風は起こせそうに……風?
……待て。まさかもしかして、無意識にジェットウィンドを真下に撃ち込んでたのか?
は、は。何やってんだ俺。
俺がこのザマじゃ、無謀も大概にしろって彩晴に説教、出来ねえだろ……。

乾いた感情で笑う俺の声。
他人のような俺の声。
壊れかけたように聞こえた、俺の声。

大事な誰かだった筈の腕に躓き。
大事な誰かだった筈の頭を蹴り飛ばし。
大事な誰かだった筈の胴を踏み台にして。

迫る俺の心臓を狙った那由他の切っ先は宙を突き。
刹那左腕に走る裂かれたような激痛。
血が吹くのも厭わず口をついた罵声と共に眼前を薙ぎ、距離を詰めようと走る。
俺が俺を殺す為に。
俺を俺が殺す為に。
誰が誰を殺す為に。

――誰を、誰が、殺す、為に――?


穿つ音。
震えぶれた刃先は髪の一房を床に縫い止める。
組み敷き引き抜いた那由他の刃を左胸にぴたりと定め。

そこで初めて……気付いた、膨大な違和感。

白い俺の瞳が静かな銀青に色変わりしている事を。
その瞳に映る俺の瞳が光を失い虚ろな黒である事を。

確たる意志を宿した瞳で俺を見上げる俺。
人形のような熱の無い表情で俺を見下ろす俺。
“勝つ”為の方法が違い過ぎやしないか、と笑った俺。
身体が、表情が動かぬまま涙ばかりが流れ落ちていく俺。

……壊れたのは、どちらの、俺……?

「囚われ潰える時間なんて君には無いだろう?」

彼の手で鍔を掴まれた那由他が音も無く消えていく。

「此処で潰えたら君の手も、誰の手も宙を彷徨うだけ」

真白だった筈の装束が次第に濃藍へ染まっていく。

「思い出せ。……未来への道はひとつじゃない、無限だ」

彼の指が、俺の額に触れた。

――俺が俺を殺したら奴等の思う壺でしかないのに。


その声と。
耳を劈くような警告音と。
血と骸に満ちた暗闇と。
浮遊するヴァーチャルモニターに満ちた制御コンソールと。

無数の情報に酔い。
無数の感情に酔い。

……斬り裂かれた左腕から流れる血の、床を打つ音が現実へ俺を引き戻していく。
未だ苦しい呼吸と、触れると酷く痛む首筋と。

微かな誰かの声。
響く2度目の警告音。
自動制御のタイマー切れを示す警告画面。
刹那、強烈な横揺れに飛ばされ強かに側頭部を壁で打つ。
耳元を頬を流れる血の感触と走る激痛が頭の中の澱みを霧散させ、
無意識に指が触れたコンソールの氷のような冷たさが意識を明瞭にしていく。

「……2度目って事は……もう、すぐ後ろ、か」

非常ボタン押下による警告音が流れる機会は、2度。
1度目は、7両目。
そして2度目は、2両目。
此処まで微かに届いた誰かの声も、仲間の内の誰かの筈。

……俺だけ転がってる訳には、いかねえじゃねえか。

揺れが幾らか収まるのを狙って立ち上がり、響く警告音を切る。
既に時間切れで意味を為さない自動制御を一旦解除し、再設定の手順を踏む。

両の手はコンソールの上。
最後のボタンは背後のドアが開いたその瞬間。
ギリギリまで自動制御には任せず手動になる分操作はシビアにはなるが、構ってなどいられない。
……どうしても、制御者が運転席から脱出可能な事と制御が必要無くなる事がイコールだとはやっぱり思えない。
自動制御タイマーが設定出来るのは最長でも5分。
それまでの間に決着が付かねば再び設定するか耐えるかになる。
そして再設定に割ける時間があるとも絶対思えない。
……本当に、何処までも最低な特急だよ。

「……まだ五体満足だからな。約束、破るなよ?」

例え傷だらけ痣だらけ満身創痍でもまだ、欠けてない。
言い出したのは……そっちだろ、はた。
出来ない約束はしないし決して破らない俺の矜持を無に帰されたら流石に姉でも怒るぞ?

「――断言してやる。お前の負けだよ、“艦長”」

閉じ込めた獲物も。
連れ去った獲物も。
誰もお前に屈しはしない。

決して。
全てを弄ぶお前を逃がしはしない――!